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宗教と自由意志

人間の自由意志を尊重するという立場
が、イスラム教とゾロアスター教では
非常に似ている。罪悪や犯罪者の持つ
不条理性を肯定した上で少しずつ改善
を図っていく。


神が与えし自由の中での選択と自助努
力、究極の自由意志に比重を置くと言
う側面だ。


建築家や都市計画家が、偉そぶって神
の如き立場から人民に美学の規範を押
し付ける。するとみるみるつまらない
空間ができあがる。誰も寄り付かない
無味乾燥な空間が。自然発生的街並み
の方が魅力的なのは、創造する側の発
想が貧困だからだろう


計算された理性という全体計画の中に
人間の自由な情念や不条理性が含まれ
ていない。カオスが漏れ落ちてしまっ
ている。


人間本来の持つ独自の主体性や自由を
さらに広く、深く、認め、尊重してい
るのが日本古来の神道の流れだろう。
戦前の東大法学部教授で神道の思想家
でもあった筧克彦は、人間の中に神性
を相互に認め合うような独創的議論を
展開している。


言語よりも理法の優位性を、理法より
も事実、事実よりも心性を重んじ人間
の自由を尊重するが故、理性に対する
徹底的な懐疑を宿しているのが、筧克
彦の思想の持つ特質である


デルタイやドイツ観念論の影響を読み
取ることができるが、本居宣長や平田
篤胤等含めた神道の流れの中にもとも
と自由な思想が含有されていたと見る
べきだろう。


中谷清著「古事記大講」なども日本古
来の神道の流れの中に徹底した自由主
義思想を読み込んでいる。むしろ中国
古来の儒教の流れ等は生命力のないも
のとして比較劣位に置かれる。理性に
対する情念の優位という解釈の頂点に
神話を基盤とした天皇制が設置される


その場合の神話は近代的解釈も含め極
めて多義的である

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