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関曠野のルソー解釈2



本日の曲(文字をクリックする
と曲が聴けます)

妖怪人間ベムOP曲
ベラ(杏ボサノバ)バージョン


なかなかしゃれたアレンジ。
良い雰囲気を出せていると思い
ます。

「妖怪人間ベム」
番組予告OP~第一話タイトル


私の世代なら知らない人がいな
いというくらい有名な古典的バ
ージョン。言うまでもなく名作
中の名作です。

さて本題

富の争奪戦、生存競争における
寡占的覇権と平等分配への市民
たちの戦い、階級闘争といった
マルクス的視座から「人間不平
等起源論」をその先駆として読
み解くのではなく、ルソーを新
たに「人間の心の歴史家」とし
てとらえる関曠野は、社会の不
平等問題に内在する経済格差へ
の政策的解法のみで問題が解消
するのでは決してなく、現在文
明そのものが内包する社会シス
テムそれ自体=「文明人である
ことの対価と費用」という前提
そのものを疑ってかかるべきだ

と考えている。虚栄、他者の承
認、評価における競合的欲望の
無限大の病的亢進など、不平等
の原因は永遠になくならない。

ルソーの提起した自由という問
題が、ホッブスやロックの言う
自由と違う、物量的かつ権利主
権上の自由であったり平等・不
平等であったりするあり方と質
的に違うと関は指摘している。

しかし同時に、階級保身とその
維持のため、権力者や富者が制
定した法以外に「市民の心に刻
まれている」自然法理の存在を
提示、この分野へのルソーの先
験的こだわり、法理論における
ルソー独自の逸脱にも着目する

関曠野による初発の問題提起を
受け、我々みずからがルソーと
モンテスキューの接続やルソー
理論のロベスピエール的継承及
びその変容などをさらに深化し
て究明すべきは明らかである
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関曠野のルソー解釈



本日の歌(文字をクリック
すると曲が聴けます)

風にふかれていこう
やまがたすみこ

リバイバルしそうな名曲なので
すが、やまがたさんのすばらし
いクリスタルボイスを超えるの
は多分むずかしそうです。やま
がたさんは、私らの世代よりは
やや先行するアイドル。

さて本日のテーマ

関曠野のルソー解釈においては
ドイツ流の冷静緻密で客観的な
学者肌としてのルソーではなく
荒野に叫ぶ予言者のごときルソ
ーが提起されている。体系的思
想へと収斂さるべきへーゲル的
解釈ではなく、常に「定型」や
「体系」からはみ出す自然児と
しての芸術家的ルソー像が描か
れる。

その基底にあるのは、社会の枠
からはみ出し、権力と距離を置
き、近代理性の作為的人工構築
物から無限に脱走し続けること
によって逆に近代社会の矛盾を
深く鋭利に洞察し、摘発しうる
予見的観察者の姿勢
にほかなら
ない。

これは同時に関曠野の思想的出
発点でもある古代ギリシアの哲
学者たち・偉大なるソフィスト
たちの伝統とも連結し、フラン
ス的であるのと同時に、荒ぶる
魂を持つ非西欧のスラブ派的系
譜、ドストエフスキーやフョー
ドロフなどとも近いのである。
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