スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

北方領土に馳せる夢



本日の曲
(文字をクリックすると曲が
聴けます)

Duke Ellington,
"Take the A Train”


Take the A Trainは個人的に
昔から大好きな曲ですが、
Duke Ellingtonによりますこ
の名演奏が最高峰かと。

さて本日のテーマ

北方領土に馳せる夢

ーー民族紛争研究センターを
北方領土に建設せよ!
ーー

資本論の先駆けとも言うべきマ
ルクス著「経済学批判」冒頭に
あります有名な序言によれば、
下部構造=経済的蓄積や収奪・
贈与・交換関係の持つ土台とし
ての基礎部分が上部構造=文化
や社会の諸相を規定し決定する
のであって決してその逆ではな
い、となる訳ですが、果たして
本当にそうなのか、精確にそう
だったのか、例外はなかったか
むしろ歴史をひもとけば例外の
方が多数であり主流派ではなか
っのたか、という疑問や問題提
起は古くから多々存在する訳で
あります。

Mウェーバーやヴェルナー・ゾ
ンバルトを援用するまでもなく
例えばある種の宗派における独
自の宗教活動がむしろ下部構造
を創りあげたりする。上部構造
としての宗教が、第一の、主要
な生成原因であり、下部構造と
しての経済活動及び蓄積・収奪
・贈与・交換関係がその結果と
しての活動的成果品なのであり
まして、原因と結果相互の影響
関係・力関係の順番は、1)宗教
次に2)経済でありまして、決し
てその逆ではないのであります

不正搾取する古典的な資本家階
級でも収奪される労働者側でも
ない勤勉かつ有能な経営企業幹
部という新しい社会階層が無一
文から出発して組織的な技術革
新を成し遂げ、国家や地域社会
へと利益を誘導し経済活動へと
参加していくその貢献のあり方
においては、二宮尊徳や石田梅
岩など含めた上部構造に属する
企業家精神が、下部構造として
の経済に強い影響を与え、それ
を上からーー必要とあらば時に
強権介入的にーー牽引しつつ活
性化した地域社会として創り上
げていく創発的力関係にある

言わねばなりません。

しっかりシステム設計された上
部構造としての社会組織や制度
・都市計画思想などが、健全な
下部構造、地域、そこにおける
魅力的な関係性を創出するとい
う事例も当然ありえます。どう
考えても落ち着かない場所だと
かやたら対立や葛藤、複雑骨折
したトラブル、厄介な事件が続
発する制度設計及び組織設計や
空間設計等が、鬱屈した社会と
そこに付随する病的人間関係を
産み育てるという場合もあり、
またその逆もあるのです。

北方領土に在住するロシア人そ
の他の諸民族、これから戻る可
能性のあるアイヌ人や日本人が
相互に敬意を持って交流し、お
互いのアラ探しや不毛な攻撃の
応酬ではなく、平和共存と独自
の民族文化の尊重、経済協力や
危機管理、緊急時の支援等を語
り合える「会話の場」としての
都市計画思想がまず必要
であり
ます。

北方領土に豊富に存在する温泉
資源を活用した施設に付随する
形で、大規模な国際会議場と国
賓クラスの指導者たちも利用で
きる宿泊施設、歴史記念館や特
定のイデオロギーに偏らない戦
争記念館、資料館、北方領土の
自然生態系保護を主目的とした
研究施設と博物館、日露中朝の
あらゆる文献を網羅した図書館
できれば民族に仕切りを授けな
い、国際関係学を専門分野とし
紛争解決手段を研究・模索・実
践すべく、開かれた総合大学や
大学院等があるとよいでしょう

歴史の真実を究明するための基
礎資料は、日露中朝及び主要な
言語に翻訳され、比較的安価に
て有志が利用できるようにする

国際紛争や民族問題を究明する
上でヒントたりうる大学の講義
や討論会、参考資料等は、すべ
てインターネット上にて主要言
語に翻訳の上公開されることが
ぜひとも必要であります。

これらすべてを含め民族問題や
地域紛争、対立や戦争、その防
止策と抑止、調停手段を研究す
ること、それのみでなく対立当
事者が相互に対話でき、調停案
を模索できる実践的場として極
東最大規模のセンター、民族協
和と平和建設を主目的とする世
界に類例のない施設を我らが北
方領土に作るべき
であります。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

北方領土で甦る東亜連盟の夢



本日の曲(文字をクリックする
と曲が聴けます)

CoCo 夢だけ見てる

CoCoは三浦理恵子を産んだ
偉大なアイドルグループです
意図的に作られたのでは決し
てないごく自然なアイドルら
しさが彼女たちの魅力であり
ました。

CoCo はんぶん不思議

本日のテーマ

「ロシアを動かすためには政治
的リアリズムだけでなく島に関
する夢が必要です」と元外交官
の東郷和彦氏
が月刊日本の最新
号で述べておられます。北方四
島に、我々が現状において託せ
る夢とは何でしょうか。

大昔を回顧していた亡き父の昔
話に少しヒントが含まれていた
ような気がします。

亡くなった父が、戦前、幼少期
のころ現中国東北部=旧満州に
住んでいたころの思い出話をよ
くしていました。

ユーレイという名前のロシア人
の子供がいて父ちゃんたちとよ
く遊びよった。ユーレイ君の家
に遊びに行ったこともある。家
族で大歓迎してくれよった。ボ
ルシチをよばれたこともある。
ユーレイ君が父ちゃんたちの家
に遊びに来たこともあった。

民族差別とか偏見に起因するい
じめとかはなかったのだろうか
と私が質問する。

父ちゃんの見た限り子供の世界
にはなかった。ロシア人も朝鮮
人も中国人も日本人の子供たち
と一緒にみんな仲良く楽しげに
遊んどったよ。と父の証言

祖父の証言にあった過酷な植民
地支配の暴虐と父の証言する五
族協和のユートピア世界が紙一
重の距離で矛盾共々共存してい
る摩訶不思議な幻想世界帝国。

山室信一氏が名著「キメラ」で
描いて見せたような、理想社会
的ユートピアの側面と侵略主義
的暴虐面が同時に背中合わせで
あるかのような多重人格的怪物
国家の面影
が、父や祖父の断片
的証言からも読みとれる気がす
るのです。

この過去の栄光と失敗から得ら
れる教訓が、今後の北方領土問
題にも生かせるのでは?

北方四島の幾分か+アルファが
日本に戻ってきた場合、我々が
真っ先に配慮すべきなのは民族
問題
であります。すでにそこで
生活の営みを持っているロシア
人やその他の諸民族の永住者た
ちに対しても倫理的に適正で国
際基準として高い普遍性を持つ
民族政策を採用し二重国籍化の
特権を含め、彼らの人権に十分
すぎる配慮をすべきなのは当然
であります。異民族どうしが、
その持てる技術力や資源を生か
しつつ経済特区として共存共栄
できる独創的な経済政策がその
次にやってくる。

石原完爾将軍の提唱した五族協
和の東亜連盟思想や土肥原賢二
将軍の唱えた全体主義的有機国
家説ーー組織が多様な個人の生
き方や自由を抑圧するのでない
国家、全体がむしろそれを助け、
異なる諸民族を相互扶助する形
で国家と全体が機能する、
対立
的にではなく包摂的融和的協調
的に作用する。西欧ファシズム
起源とは異なる全体主義。権藤
成卿「社稷」概念にも通じるー
ーがもう一度検証されてよい時
期かと思えるのであります。

ただし出し方を間違えると誤解
を招きかねない。重層的多角的
歴史の検証・あくまで試論とし
ての一仮説という形で「このよ
うな失敗を二度と繰り返さない
ためにも」という具合に慎重な
形で出していく必要があります

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

平和憲法下における自衛隊



作戦要務令の解説本としまして
は、熊谷直氏の著書が優れてい
ます。元航空自衛隊の幹部であ
り防衛大学で教鞭をとられてい
た方です。大橋武夫氏の著書も
なかなかよいです。大橋氏の解
説は「統帥要綱」に関するもの
など非常に密度が濃いです。こ
れらの研究書は軍事面での戦略
戦術にとどまらず会社経営など
にも広く応用実践が利きます

本日の曲
(文字をクリックすると曲が聴け
ます)

Joe Pass, "Satin Doll"

Joe Passは、仕事が終わった深
夜帯に聴く機会が多いです。
特にSatin Dollの演奏はすばら
しいの一言に尽きます。

さて本日のテーマ

私の父がとりわけ仰ぎ見るがご
とき優秀で偉大な父親だったと
はとても思えません。人間的に
も欠点だらけだった。大きな歴
史形成に参与した訳でもない。

事務仕事が大好きで、面倒くさ
い世話役をすすんで引き受け勤
勉かつ几帳面ではありましたが、
おそらく、どこにでもいるタイ
プの凡庸なオヤジでした。

ある時、私が石原莞爾の著作集
を読んでおりますと「お前も変
わったもの読んどるのーーー」
の一言。もの足りないことこの
上ない。しかし、父にも良いと
ころがありました。徹底した平
和主義者でありまして、まさに
凡庸で陳腐な日常生活をこよな
く愛していたのは間違いありま
せん。平和を守るための抑止力
として自衛隊及び軍事があるの
であって、戦争を引き起こすた
めの軍隊、いらぬ誤解を撒き散
らし過去から一切学ぶことなき
トラブルメーカーとしてしか機
能しない軍事組織であればそん
な自衛隊など元々存在しない方
がよいと父は考えていました。
父独自の考えというより自衛隊
の幹部学校でそのような教育を
受けたのだと推測されます。

陸上自衛隊幹部の一部に旧帝国
陸軍の発想から抜け切れない人
たちがいて、父は常日頃辛辣な
口調で彼らを批判しておりまし
た。田母神氏のことを父に訊ね
たことはなかったですが、多分
批判的なコメントを言った可能
性が高い。現であれ元であれ自
衛隊員は政治に一切介入すべか
らずという堅い信念みたいなも
のを持っていたのです。

33年間陸上自衛隊に在籍した
父の思想を一言で言えば「シビ
リアンコントロール下平和憲法
を遵守する自衛隊」というに尽
きます。基本姿勢は勿論正しく
私も百パーセント同感ですが、
今はまた時代の様相が大きく変
わりつつあり危機の構造も昔よ
り深刻でかつ複雑です。

自衛隊が、危機的緊急的周辺事
態に対して対応する範囲は、事
前に想定されうる何らかの物理
的基準を設定し、それ以上でも
なければ以下でもない中間地点
をメインの通則=基本テキスト
とみなして考える、それ以外の
偶発事象は例外として切り捨て
それで終わりとしては決してな
りません。起こりうべき事象に
対する万全の備え、未来への想
像力、歴史への検証・つまり過
去の類似した状況や共通した経
験則への推理力・知的探求心等
がぜひとも必要であります。

昭和初期、統帥権干犯の名目で
陸軍が暴走し政治介入を繰り返
した歴史上の苦い体験がありま
すので、自衛隊に法律以上の権
威やら権限を付与して旧帝国陸
軍みたいに専横化させるのも考
えものですが、今の時代、どん
な状況でいつ何が突発的に起き
るか分からない。

百戦錬磨の専門家ですら予見が
まるで難しい時代なのでありま
して備えあれば憂いなしという
側面は、あらゆる場面において
言えるのであります。

旧陸軍の教本「作戦要務令」に
にあった「独断専行」の項目

必ずしも前線での戦闘場面にお
いて現場の指揮官に自由裁量権
を大幅に認めるという解釈のみ
ならず、国内外での災害派遣や
補給における予備的蓄積や情報
収集、技術研究とかの分野にお
いて、現場における幹部クラス
の専門家的知見を官僚組織の硬
直した発想から守る
という意味
でもっと大胆に考究・実践され
てしかるべきかと思われます。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

死生学を考える

人間にとって死とは一体何かを
哲学的課題、臨床心理的問題と
して考えてみる。縁起でもない
と思われる方が多いことでしょ
う。しかし、この問題を専門的
に掘り下げる「死生学」という
学問分野があります。

一見、耐え難く悲痛であり異常
なことのように思える「死」と
いう出来事は、生物界におきま
して何億年という単位で新陳代
謝のごとく繰り返される自然現
象の一種であり、人間も生命体
である以上は誰しもが免れるこ
とができません。

ヒンドゥー教、仏教、キリスト
教をはじめとする普遍宗教の教
義的根底には、常に「死」に関
連する、謎めいた形而上学的諸
問題が横たわっております。

ショーペンハウエルは、その哲
学体系の中心において苦悩から
の解放としての「死の問題」を
見据えていました。一見厭世的
ニヒリズムのように見えますが、
小乗仏教やインド哲学の流れと
深い血縁的親近性が見られるの
であります。

「葉隠」を愛読していた三島由
紀夫は、死ぬ機会を逃した特攻
隊世代の生き残りとして「死」
を殉教美学にまで高めたかの如
き死臭漂う不吉な文学を書き続
けました。三島の作品において
は華麗で妖艶な場面においてさ
え常に死の影が揺曳している。
否、暗い翳りのある不吉さ、乾
いた血の臭いこそが三島作品の
有する最大の魅力だと言えるの
であります。

一個の人間の過ごす全生涯とい
う制約された時間は、誰しもが
例外なく常に「死」へと向かい
刻一刻と流れている。単に近親
者や自己の死の問題を、受け入
れ難い問題を受容するための臨
床心理学的な「心がまえ論」と
してのみ考えるのでなく死によ
って区切られた人生をいかに悔
いなく生きるのか、そのための
人間と人間相互の関係は常在的
にどうあるのがよいのか、死生
学の問題提起は実に奥深い
であ
ります。

上智大教授のアルフォンス・デ
ィーケン氏
という日本に帰化し
たドイツ人の学者が、この分野
で個別宗派を越えた普遍的かつ
堅実な仕事をしてきており「死
生学」のはらむ重要問題を深く
掘り下げて考えたい人にぜひお
薦めです。

参考文献)

「死とどう向き合うか」
アルフォンス・デーケン著

NHK出版(NHKライブラリー)

近親者などが「死」に直面した
場合へ向けての準備教育が集大
成されています。内容は具体的
で即、応用がききます。著者が
力説するのは「死」に至るまで
各自が悔いのない人生や人間関
係をいかに生きていくかという
尊厳深き「生」の側面でもあり
まして、読み方次第で意外に未
来志向な積極性をもそこから汲
み取ることが出来ます。

エピソード

父の死に附随する不思議な事柄

父が死の床にあった最後の日々
私は、父の手を取り万感の想い
を込めて「今までありがとう」
と言った。話すことも動く事も
出来ない父だったが、確かに目
と目で通じ合った一瞬があった
のです。父は次第に意識不明と
なり、次の日、あの世へと旅立
って行きました。

父が死んだ翌日、父の自衛隊時
代、幹部候補生学校時代からの
古い友人A氏から電話がかかっ
てきました。父、A氏と同様、
幹候時代からの共通の友人S氏
が、父と同じ日に亡くなったと
のこと。不思議な偶然にA氏は
痛く悲しむのと同時にまた大層
驚いてもおりました。

父が死んだ二週間後に、父と最
も親密だった父の姉が心筋梗塞
で亡くなりました。父が死んだ
日、ついこの間、私はこの方と
電話で話し合ったばかりでした

あの世に旅立って行った父は、
最も仲の良かった姉と親友を伴
いつつ、三人で語らいながら三
途の川を渡ったのかも知れませ
ん。合掌。

父の文化的遺伝子5



本日の曲
(文字をクリックすると曲が聴
けます)

カナダの夕陽
ユーゴー・ウィンターハルター
楽団


父が昔大好きだった曲です。
ユーゴー・ウィンターハルター
楽団演奏によるこのレコードを
周期的に、針が擦り切れるほど
聴いていました。なかなか良い
曲です。

さて本日のテーマ

生前の祖父が繰り返し語った言
葉があります。

「日本人は中国人にかなりひど
いことをやった。日本は中国と
二度と戦争したらいかん」

ハルピンや奉天という祖父の活
動した場所が想像力をかきたて
ます。ここには陸軍の特務機関
があり、防疫給水部つまりかの
悪名高き七三一部隊があった場
所であります。戦後「赤い将軍」
と呼ばれ、毛澤東と会見したこ
とで有名な遠藤三郎中将が現場
で見聞したのと同じ光景ーーー
ー深い闇とめくるめく光ーーを
祖父たちも体験したのではなか
ったか。


下関近郊にある祖父の家、つま
り私の父の実家には、山下奉文
や本間雅春の書幅、その昔、張
作霖の邸宅にあったとかいう花
瓶、馬賊の陶磁器製の水筒など
祖父が生前大切にしていた歴史
を物語る品々がいまも現存して
おります。

とは言え政治的見地から見た場
合、心情的にしろ、やや右寄り
だった祖父は石原完爾、児玉誉
士夫、三島由紀夫の生き様を賛
美、三島が割腹自殺した際は
「あいつは実にあっぱれな奴じ
ゃ」と周囲に感想を洩らしてい
たという。

右翼が大嫌いだった父と祖父と
では、政治思想的感性につき大
幅な温度差・ズレがあります。

父は三島由紀夫のことを「三島
は気がふれたんじゃないか。」
と言い、割腹自殺の直前バルコ
ニーで最後の演説をした三島由
紀夫に「バカヤロー」を叫んだ
自衛隊員たちをむしろ支持して
おりました。「あんな奴に自衛
隊を牛耳られなくてホントよか
った」ちなみに文学者としての
三島由紀夫の作品・才能を高く
評価する私の意見と父の考えは
まるで違います。林房雄なども
私の大好きな作家で昔よく読ん
でいたものですが父はまるで関
心を示さなかった。

思春期のころ私がマルクス主義
の文献を積み上げて読んでいて
も何も言わなかった父ですが、
私が右翼の本を読んでいたとこ
ろ「右翼など下らん。ろくな奴
がいない」とボロカスでした。

私の家族に対し、特に懇意にし
てくれた親戚がいて、ただし家
長が昔軍隊生活でひどい体験を
なめたという方で自衛隊に対し
根深い偏見を持っていました。

父がその方の自宅に遊びに行く
たび父に向かい「おい。税金ド
ロボーが来たぞ」と言う癖があ
った。しかし、父は特に気を悪
くするでもなく、「軍人が威張
り出すとろくなことがない。い
ろいろ言われ肩身の狭い思いを
して社会の片隅で縮こまってい
るうちが花よ」
と申しておりま
した。その方と父とは特に仲が
良かったのであります。

一方で父は昭和天皇を尊敬して
いました。理系の思考習慣、右
翼嫌い・立憲君主型の手堅い保
守思想
という側面でもシンパシ
ーを感じていたのかも知れない

参考文献)遠藤三郎中将について
コンパクトにまとめたHPです。
ここをクリック。遠藤中将自身
の回想録に触れてみることをお
薦めします。

父の文化的遺伝子4



土肥原賢二大将は、満州のロレ
ンスと称され、謀略家のように
言われ続けて今日へといたる。
A級戦犯で刑死している。しか
し実際には中国を愛し、方言も
含めた流暢な中国語を駆使する
ことができ、誠実な人柄で、中
国人の友達もたくさんいたので
あります。

本日の曲
(文字をクリックすると曲が聴
けます)

No Problem/Duke Jordan

Duke Jordanもよく聴きます。
とりわけこの曲はすばらしい。

さて本題

私が幼少期、山口県下関近郊に
ある父の実家に行った際、祖父
や父の兄弟姉妹たちが口々に語
る旧満州での思い出話を今でも
よく覚えています。

地平線の彼方まで続く広大なコ
ーリャン畑に、燃えるような赤
い太陽がゆっくり沈んでゆく光
景ーーそれがひどく感動的で胸
を揺さぶるほど壮絶に美しかっ
たという話。

当時満州鉄道では、緊急時の対
応のため、列車の屋根に機関銃
の台座が据えられていた。大平
原を移動中、突如として馬賊の
襲撃に遭遇した。台座の機関銃
が火を吹き、たちまち銃撃戦と
なった。

「あの時はものすごく怖かった
よ」と父が証言する。「兵隊さ
んたちが、車内を走り回り、み
なさん伏せてくださいと大声で
叫び続けた。父ちゃんたちも頭
を伏せ、椅子の下に縮こまって
ガタガタ震えとったよ」

やがて完全に危難が去った時、
再び兵隊さんが来て「みなさん
もう大丈夫です。敵を完全に撃
退しました。ここから先は安全
です。心配いりません」と報告
して回った。その時の兵隊さん
たちの姿がすごく勇ましいたの
もしい存在に見えたという。

奉天での出来事。何か悪いこと
をしたらしい中国人のクーリー
(苦力)が、日本人の現場監督に
捕まり、懲らしめのため樹に縛
り付けられた。

極寒の冬。外は氷点下の気温だ
った。クーリーは、一晩中、オ
イオイ泣き続けた。やがて声が
虫の鳴き声のように細く小さく
なりそのうち聞こえなくなった

朝になって様子を見に行ったら
冷たくなって死んでいた。

「あのころの日本人は、ホント
ひどいことしよりよったば。
戦争に負けたんもバチが当たり
よったんじゃけ」

と父の姉妹が証言するのでした

父の文化的遺伝子3



本日の曲

世界の空軍 愛の翼
シーチャン・ブラザーズ

世界の空軍 SONIC BOOM
シーチャン・ブラザーズ

当時まだ陸上自衛隊員だった父
に連れられてこの映画を見に行
きました。実に思い出深い曲。

さて本日のテーマ

祖父が創成期の鹿島建設をやめ
ざるをえぬ次第となった第一の
主要原因は実に女性問題であり
ました。本妻の他にお妾さんが
いて、双方合わせて約二十人近
い子供たちを次々産ませた。

本妻の子供たちにも妾の子たち
にもその名前の冒頭に産まれた
順番で数字がついていたりする

祖父の行状につき悩み抜いた本
妻つまり私の祖母が、祖父の会
社に直接乗り込んで、「何とか
してもらえないか」と上司や上
役に涙声で惨状を訴えた。恥を
忍びつつも、なりふりかまわぬ
決死の覚悟だったのに違いない

恥をかかされ必然的に会社に居
ずらくなった祖父が、行状を改
める代わりに会社を辞め、陸軍
に入隊したという次第。

生前度々聞かされた父の証言だ
と、旧満州の奉天にあった祖父
の借家では、同じ空間に本妻と
妾、双方の子供たちが大勢で一
緒に住んでいた時期もあったと
いう。驚くべき話であります。

「オヤジはでたらめな人間だっ
た」という父の証言が生きてく
る場面でもあります。

一方で旧満州の地において軍人
としての祖父は、山下奉文や本
間雅春とも接触を持ち、石原完
爾将軍の大の崇拝者だったそう
です。

酒豪にして豪傑肌、職場や近隣
・外部に対しては、義理人情に
厚く豪快な気風の大親分。家庭
ではやや偏屈で暴君。この風変
わりな祖父の元で若き日の父は
後々ひどい苦労を体験すること
になります。

父の文化的遺伝子2



文鎮代わりに使用。大事に使
っているコレクションです。

本日の曲
(文字をクリックすると曲が聴
けます)

陸軍分列行進曲
(シャルル・ルルー作曲)


勇壮な雰囲気を持った名曲です
自衛隊でもよく使われている

さて本題

祖父は私がまだ幼少期のころ父
の実家にて何度か接触した機会
があり、その時のことを今でも
鮮明に覚えています。

明治生まれの見るからに豪放磊
落な人柄で、家長としての重み
威厳を備え、親分気質があり、
強烈な人間的磁場みたいなもの
を周囲に放射している感じでし
た。

軍刀の上に手をかざし、背筋を
ぴーんと伸ばしたチョビ髭スタ
イルの陸軍少佐兼建築技師。祖
父の若いころを写したセピア色
の写真を下関近郊の父の実家で
大昔見た記憶があります。

「オヤジは結局でたらめな人間
じゃったよ。だけど外面だけは
よかった。あのころの軍隊風を
家の中にも持ち込みよって、家
のなかではえらいこと威張りち
らしとった。父ちゃんも子供の
ころ何かというと殴られた。あ
る時なんか、お前の顔が生意気
だとか言うて、理由なくいきな
りぶん殴られたこともある。と
んでもない、でたらめなオヤジ
じゃった。そのせいで、おふく
ろをはじめみんなえらいこと苦
労しよったよ」

生前の父は、祖父の人物像を常
々そのように評しておりました

昭和初期における日本陸軍、そ
こにおける少佐という微妙な社
会的階級。この時代の軍閥抗争
史に一度でも触れたことのある
人ならすぐピンと来るように、
五一五事件・二二六事件をはじ
めとする下克上の陸軍部内にお
いて、大佐、中佐、少佐、大尉
中尉といった若手中堅将校たち
が「政治軍人化」しており、天
皇ですらその統帥に日々苦悩し
ていた現実が想起されます。

肩で風を切って威張り散らし、
わが物顔で社会を闊歩していた
とんでもない階層の一味、その
末端に祖父も所属していた可能
性が高い。

プロフィール

栃木の仙人

Author:栃木の仙人
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。