スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

食品添加物と鎖国攘夷思想



本日の曲(文字をクリックす
ると曲が聴けます)

Martha My Dear -
The Beatles

私の好みとしましてはビートル
ズに関しほぼマニアと言える領
域でありましてーー上には上が
いるとは申せーー六本木にある
ビートルズ専門店でそっくりさ
んバンドが生演奏で聴けるキャ
バンクラブに過去約10年近く
通い続けました。マーサマイデ
ィアはホワイトアルバムB面の
曲ですが名曲だと思います。

さて本日のテーマ

鎖国攘夷思想的な部分均衡倫理
とでも称すべき国内における特
殊かつ適正な倫理審査基準が、
グローバル経済下における普遍
的バブルの世界観=国際標準と
しての一般均衡倫理によって破
られるといった破滅的傾向は食
品添加物や環境生態学=エコロ
ジーといった側面におきまして
露骨に顕著なのであります。

具体例をあげて見ましょう。
化防止剤BHAの発ガン性
が動
物実験から明らかとなり、厚生
省がいったん禁止処分したにも
関わらず、欧米各国からは輸入
制限=貿易阻害要因として受け
止められ、それらの外圧に各役
所の省益やら利害関係当事者の
政治圧力が加わり結局禁止を解
除した経緯等がございます。

脳腫瘍との強い相当因果関係が
疑われているアスパルテーム

1983年に使用許可となった
要因もアメリカ側からの圧力と
いう側面が大きかった。外圧当
事者であるところのアメリカ国
内に異論や警告を発信する良心
的学者や専門家が複数いたにも
関わらずそうなった訳ですね。
とんでもない話だと思います。

グローバル経済下におきまして
操作的・誘導的・サブリミナル
的に増殖された欲望に、購買意
欲をそそる商品群を意図的に投
下することで剰余を獲得する資
本の延命システムは、食品添加
物の各種事例におきましてその
あこぎな典型を見いだすように
個々の消費者の健康や食の安全
性を犠牲にして成り立っている
と言えるのであります。割高に
なったとしても厳正な倫理と安
全を選択する方がより賢明かと
スポンサーサイト

食品添加物の諸問題

二人か三人に一人がガンで死ぬ
悲惨な時代、本来は誰がどう考
えても異常かつ深刻な今日的状
況に至るまでの経緯は、或る日
突然そうなったのではなく、
く微量の変化が除々に蓄積され
危険や毒性に関する多くの人た
ちの感受性が鈍麻したままで今
を迎えた
訳であります。

これらの現状に関し、現代人の
生活習慣や飲食、とりわけ食品
添加物の諸問題が大いなる関与
を疑われている訳であります。

12品目のタール色素、防カビ
剤のOPPやTBZ、酸化防止
剤のBHA、合成甘味料スクラ
ロース、アセスルファムKなど
がんや脳腫瘍との関連性が指摘
されながら使われ続けている事
自体、実は非常に恐ろしいと言
わざるをえません。

どことは言いませんがコンビニ
など厳密な安全審査基準から申
しますとーー合法とはいえーー
実はかなり悪質でありまして極
めて重要な筈の食品構成要素の
表示が目につきにくい商品の裏
側にこっそりなされていたりす
る。競合他社間の「戦争」と言
われるくらい激化する資本間競
争の最中、利益獲得のため食の
安全が犠牲にされているあさま
しい姿がそこに見え隠れしてい
る感じです。

大昔かのマルクスが言った如く
「すべてを疑え」をモットーに
慎重かつ用心深く、一つ一つの
商品を選り分けつつ、背後に横
たわる各資本の生産者倫理の質
まで含め色々な角度から詳細に
分析し辛口の採点及び評価を試
みてみる必要があるのはごく当
然かと思われるのです。

地方史の魅力



本日の曲(文字をクリックする
と曲が聴けます)

百花繚乱ーーちあきなおみ

ちあきなおみは天才的な歌唱力
の持ち主だと思います。

さて本日のテーマ

地方史の持つ特殊な視覚・独自
的角度からから見えてくる歴史
及び世界観というのは、総体と
しての平準的日本通史と比べ偏
向的なズレが出てくるものであ
ります。そのズレから中央権力
や主流派のスタンダード史観か
らはじき飛ばされ見落とされて
いた欠落部分や深層としての歴
史的異見
が垣間見えてくること
も多い。地方史として私が着目
する領域はいくつかございます

民俗学的見地から見た沖縄、異
端的右翼革命潮流の源泉として
の筑前・北九州、伝統的朝廷文
化の継承地としての京都、新撰
組の思想的バックボーン会津若
松、西郷党の飛び地でもある山
形、栃木では足利将軍家ゆかり
の喜連川近辺、山岳宗教=修験
道の聖地としての日光・・等々

たとえば地方史の金字塔ともい
うべき長大な「会津若松史」か
ら垣間見える歴史観は、明治維
新に対するアンチの歴史観
ーー
関曠野の近代批判とも連鎖す
るのだろう
ーーでありまして彼
らから見た坂本竜馬や高杉晋作
といった人たちは卑賤な闇取引
型政商ブローカーといった域を
出ない。逆に徳川幕藩体制に忠
誠を尽くし、時代に逆流しつつ
も維新へと繋がる革命の尖兵た
ちと愚直に戦い抜きやがて悲劇
的に散っていった新撰組や白虎
隊の若き烈士たちが英雄となる

会津若松は、最澄や空海と論戦
拮抗した異端的宗教家「徳一」
の活動の場としても興味深い地
域だと思われます。

移民労働者の受け入れ問題



本日の曲(文字をクリックすると
曲が聴けます)

Madonna
Super Bowl Medley
2012 (HD)


凝りに凝ったマドンナのライブ
前回紹介しましたVogueの別バ
ージョンに注目。その華麗な演
出という要素では、ブリトニー
・スピアーズなども本場ブロー
ドウェイ仕込みなのですが、マ
ドンナも全然負けていない感じ
ちなみに前回のVogueはとい
いますと・・・

Madonna - Vogue
(MDNA World Tour)

さて本日のテーマ

移民労働者の受け入れというこ
とでは、ドイツにおけるトルコ
系移民、フランスにおける中東
イスラム諸国やアフリカ系移民
の受け入れ、ノルウェーにおけ
る移民問題等教訓となすべき先
行事例がありまして、人道主義
的理想主義的見地から出発した
ものの、どれもこれもが悲惨な
失敗
に終わっております。

移民を一旦受け入れたからには
自国民自民族と同等の待遇、社
会保障面や人権への配慮を示す
べきなのは当然でありますが、
それだけに初発の受け入れは慎
重であるべき
だと考えます。50
年先100年先まで見据えた歴史
的見知が必要です。

移民の人たちが出身母体の祖国
からも見放され移民先からも、
職域の競合関係から警戒され続
け、対等の仲間として受け入れ
てもらえず、疎外された異邦人
と化し、結果、差別や排外主義
から身を守り生活を防衛するた
め徒党を組んで過激な非合法活
動や犯罪に走るがごとき惨状を
呈してしまうのは、彼ら自身に
とっても不幸であります。

無制約かつ無条件の移民受け入
れは厳に慎むべき。同時に日本
国家にとり経済面文化面で一定
程度の功績があったと認められ
る、日本人以上に日本人らしい
尊敬すべき外国人などには、配
慮を示し永住権や日本国籍取得
を認めてもよい。一時的な政治
難民とか、ルールを守れる、一
身上の事情があって不幸な人た
ちには、国籍民族を問わず暖か
い支援が必要と考えます。

極端な民族拝外主義の土壌は、
右翼であれ、左翼であれ、もと
もと日本には存在していない。
この國は伝統的に極めて寛容な
気風なのであります。

もう一曲

Madonna - Secret




にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

領土と資源に伴う占有義務


本日の曲(文字をクリックする
と曲が聴けます

The Ventures - Sleep Walk

ジェフ・バクスターの演奏がす
ごい。ジェフはドゥービー・ブ
ラザーズに所属していた時期が
あります。この動画に見られる
ようにベンチャーズでもスペシ
ャルゲストみたいな形で演奏に
参加する機会が多い。ドゥービ
ー・ブラザーズもベンチャーズ
も私個としては大ファンで、ほ
とんどのアルバムを持っている
くらいでありまして、ジェフ・
バクスターは二重の意味ですば
らしいギタリストだということ
になります。またジェフ・バク
スターは、独学の軍事アナリス
トとしても著名。
アメリカ国防
総省の顧問も勤めており、その
合間を縫って音楽活動も行うな
ど実に多才な人物であります。

さて本日のテーマ

領土や資源の保有には、占有者
に特有の権利及び義務、システ
ムメンテナンスの必然性が伴う
のだと思います。権利の濫用は、
現今の複雑に利害の絡まる国際
情勢下において紛争の火種とな
りなねない。領土や資源を多く
保有する人たちは、保有しない
人たちへと向けた分業的交換を
通して利益を獲得しうる訳です
が、言うまでもなくこれは特権
であり、投資を呼び込み、分業
を高め、そこでしかありえない
特有の磁場産業としての科学技
術=雇用の場を発展させる。資
源の保有とその継承展開はそれ
に伴う労働現場を派生させ、そ
こにおける良質な労働との混合
こそが、領土や資源を公共的な
商品媒体にまで高めていく。
制約な市場の開放や規律の欠け
た労働の混入ということではな
く、そのプロセスにおける意志
的な選択、質を高める選別と厳
密なルール作りこそが、商品価
値を高める基礎ではないか
と思
うのであります。これが排他的
ナショナリズムを意味しないの
は勿論、反対にグローバリズム
への安直な迎合とも違うのはお
分かりいただけたかと思います

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

関曠野のルソー解釈2



本日の曲(文字をクリックする
と曲が聴けます)

妖怪人間ベムOP曲
ベラ(杏ボサノバ)バージョン


なかなかしゃれたアレンジ。
良い雰囲気を出せていると思い
ます。

「妖怪人間ベム」
番組予告OP~第一話タイトル


私の世代なら知らない人がいな
いというくらい有名な古典的バ
ージョン。言うまでもなく名作
中の名作です。

さて本題

富の争奪戦、生存競争における
寡占的覇権と平等分配への市民
たちの戦い、階級闘争といった
マルクス的視座から「人間不平
等起源論」をその先駆として読
み解くのではなく、ルソーを新
たに「人間の心の歴史家」とし
てとらえる関曠野は、社会の不
平等問題に内在する経済格差へ
の政策的解法のみで問題が解消
するのでは決してなく、現在文
明そのものが内包する社会シス
テムそれ自体=「文明人である
ことの対価と費用」という前提
そのものを疑ってかかるべきだ

と考えている。虚栄、他者の承
認、評価における競合的欲望の
無限大の病的亢進など、不平等
の原因は永遠になくならない。

ルソーの提起した自由という問
題が、ホッブスやロックの言う
自由と違う、物量的かつ権利主
権上の自由であったり平等・不
平等であったりするあり方と質
的に違うと関は指摘している。

しかし同時に、階級保身とその
維持のため、権力者や富者が制
定した法以外に「市民の心に刻
まれている」自然法理の存在を
提示、この分野へのルソーの先
験的こだわり、法理論における
ルソー独自の逸脱にも着目する

関曠野による初発の問題提起を
受け、我々みずからがルソーと
モンテスキューの接続やルソー
理論のロベスピエール的継承及
びその変容などをさらに深化し
て究明すべきは明らかである
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村

都市計画の哲学2

都市計画思想家L・ヴェネボロ
が「近代都市計画の起源」で明
確に描き出したように、近代都
市の設計思想の基盤には、シャ
ルル・フーリエやロバート・オ
ーエンら初期社会主義者たちの
思想的影響がありまして、功罪
相半ばする巨匠ル・コルビジェ
のユニテもその影響下にあるの
は明らかでしょう。

調和の空間をめざした都市空間
がなぜ環境破壊と人間疎外へと
転落していったのか。ここでも
社会主義思想一般や理想社会に
関する人類史的試行の悲劇性を
垣間見る思いですが、初発の人
間認識・社会認識そのものの中
に根本的な誤謬があったものと
私は考えます。都市空間は何よ
政治的空間なのでありまして
社会階級というよりも利害の異
なる各社会勢力相互間の生存競
争ーー対立・葛藤・複雑骨折等
を含んでいる。

相対立する闘争的空間にあって
は、その政治力学が、各社会勢
力ごと独自の集合的エゴイズム、
利益と快適性を求めて他と激し
く衝突する、その敵対的諸力の
交通整理と場外乱闘にならない
ための共通のルール作り、個別
の利害関心や社会的特性の決し
て平等でも均質でもない特殊性
的区別を認めた上で役割分担ご
と組み込む努力
というのが必要
とされた。空間設計においては、
この現実性への斟酌が何より大
事です。
にほんブログ村 環境ブログ 自然保護・生態系へ
にほんブログ村

関曠野のルソー解釈



本日の歌(文字をクリック
すると曲が聴けます)

風にふかれていこう
やまがたすみこ

リバイバルしそうな名曲なので
すが、やまがたさんのすばらし
いクリスタルボイスを超えるの
は多分むずかしそうです。やま
がたさんは、私らの世代よりは
やや先行するアイドル。

さて本日のテーマ

関曠野のルソー解釈においては
ドイツ流の冷静緻密で客観的な
学者肌としてのルソーではなく
荒野に叫ぶ予言者のごときルソ
ーが提起されている。体系的思
想へと収斂さるべきへーゲル的
解釈ではなく、常に「定型」や
「体系」からはみ出す自然児と
しての芸術家的ルソー像が描か
れる。

その基底にあるのは、社会の枠
からはみ出し、権力と距離を置
き、近代理性の作為的人工構築
物から無限に脱走し続けること
によって逆に近代社会の矛盾を
深く鋭利に洞察し、摘発しうる
予見的観察者の姿勢
にほかなら
ない。

これは同時に関曠野の思想的出
発点でもある古代ギリシアの哲
学者たち・偉大なるソフィスト
たちの伝統とも連結し、フラン
ス的であるのと同時に、荒ぶる
魂を持つ非西欧のスラブ派的系
譜、ドストエフスキーやフョー
ドロフなどとも近いのである。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村

都市計画の哲学

都市計画の持つ本来の理想とい
うべきものは、ゼネコンや特定
の社会勢力のあくなき利潤追求
=グローバル資本や群小資本家
的欲望の増殖課程から副次的に
派生するものではなく、美学と
して容認できることは勿論「公
共」へと臨機応変に参入可能な
広範囲の人民主権=一般意志の
意向及び環境権と関わる自然主
権的意志によって、その造形哲
学が決定されていくべきもの

あります。それらの公共的建設
行為は、人々の変容されること
なき主権が、媒介物なしに、な
をかつ、生態系における人間の
主体と自然の主体が衝突するの
でなく、予定調和として、相互
がお互いを生かし合う形で反映
されるのがごくごく自然な流れ
であります。また、そうでなけ
ればならない。

にほんブログ村 環境ブログ 自然保護・生態系へ
にほんブログ村
プロフィール

栃木の仙人

Author:栃木の仙人
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。