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愛猫ニャンとのお別れ


14年間、我々の元にあり苦楽を
共にした愛猫「ニャン」が17日
朝11時52分、神様の摂理により
あの世へと召されました。

約一年前から持病の腎臓病がひ
どくなり、獣医さん通いが続き
ました。その他でも三日か四日
に一度、自宅にて、皮下放液の
点滴を続けました。我々がニャ
ンの身体状態を何よりも優先し
ベストを尽くしたことは言うま
でもありません。

ニャンは、男気質が濃密なまる
でボスみたいに強い性格の猫で
した。

猫というよりも虎に似ていまし
た。同時に義侠心があり、勇敢
で、心の優しい猫でした。頭の
良い猫でしたが、同時に甘え上
手でもありました。とんでもな
いイタズラもよくやらかした。
なんとも言えないユーモアのセ
ンスがありました。

外猫だった時代には、メス猫に
もてましたが、同時に人間の女
たちにも大人気。行く先々で、
若い女、おばさん等階層を問わ
ず実によくもてた(笑)

私の仕事の影響なのか、それと
も神様が我々の天職にふさわし
い猫を派遣してくださったのか
我々の心を敏感に読んで邪霊を
払いつつ、ありきたりでない超
越的心理カウンセリングを遂行
しながら甘えてくるような霊能
師猫とでも言うべきか、催眠術
師猫と言うべきか(笑)その絶妙
なマインド・コントロールをそ
れだとはっきり解っていながら
積極的常習的に受けてみたくな
るかのごとき摩訶不思議なとこ
ろがありました。

出会いも実に運命的でしたが、
他界する前後にも霊的に見ると
辻褄の合わない不思議なことが
立て続きました。

佐野のお寺で丁重なペット葬を
していただきました。我々の心
の襞に染み入るような、そして
ニャンの性格にぴったり合うよ
うな、ゆったり時間をかけたお
別れができました。

14年間の果てしない無数の楽し
かった思い出や、愉快な出来事
こっけいでユーモラスな事件な
どがたくさん想起され、ニャン
といられた日々我々がどんなに
幸せだったかあらためて痛感し
たことは言うまでもありません

溢れ出る万感の思いと共に「今
まで本当にありがとう」と言っ
て見送ったのであります。


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東郷和彦氏の歴史問題認識




那須塩原の隣町大田原市にて

夕焼けがきれいだった

(2015.7.16加筆修正版)

本日の曲(文字をクリックする
と曲が聴けます)

THE VENTURES 1966
SPECIAL - Caravan


The Ventures
Wipeout live


ベンチャーズのコンサ
ートへは、過去何回も
足を運びました。ギタ
ーの奏法につき議論さ
れることが多いですが
ドラムもなかなかです。

メインメンバーの二人
が元建設現場の労働者
あがり

職人的な完璧主義は多
分そこからも来ている

非常な日本びいきでも
あります。

さて本題

元外交官の東郷和彦氏が近編著
「歴史問題ハンドブック」の中
で村山談話について、客観的公
平な立場から肯定的な見解を展
開されていた。ただし、東郷氏
の政治的立場は左翼ではない。
むしろ右寄りの保守に分類され
つつ、さらにその中でのリベラ
ルというデリケートな位置に立
脚して論を立てている。東京裁
判への見直しやアジアの植民地
解放戦争という大義の側面を日
本は先の大戦で担っていたのだ
という部分、アメリカによる原
爆投下や東京大空襲は、果たし
て戦争犯罪ではないのかという
問題提起に対して一定の含みを
残しているのが印象的だった。

おそらく「そういう問題はもち
ろん存在している。だがそれを
も追求すべき歴史考察としての
政治的時期の判断としては前後
のきちっとした順序がある。今
すぐに提起するのは政策上妥当
ではない」と東郷氏は考えてい
るのだろう。それを可能とする
立脚地点の基礎となるのは日本
独自の道徳的高み
であると鈴木
大拙とヤスパースを援用しつつ
東郷氏は指摘する。以前にも読
んだことのある論旨だが改めて
きわめて興味深い視点だという
のが全体的に見たところ私の感
想です。

ここで東郷和彦氏の言う「道徳
的高み」なる概念は、極めて重
要なキーワードかと思われる。
国際政治の実務における戦略的
戦術的判断と熟慮された政策提
言から導かれし「一時しのぎの
火消しとしての謝罪」に心が込
もっておらないのは言うまでも
ないとして、逆に過度の自己批
判的言説・自虐史観みたいな左
翼イデオロギー的言説も、歴史
の厳然たる史実に則っていない
以上、或る意味「アリバイ的謝
罪」に加担するだけの刹那的現
象的効果しか保てない。それで
も相手が納得して感情の鉾を収
めることが可能ならばそれでい
いじゃないか?という意見がさ
っそく聴こえてきそうだが、そ
れこそ感情論の枠を超えないと
いう思想的限界がある。「適度
に相手の怒りを鎮めておいて実
利でしこたま儲けたら結局のと
ころこっちの勝ちじゃね?」と
いうあさましい本音が見え隠れ
している感じもする。果たして
それでいいのか。英国の哲学者
ACグレイハンクの好著「大空
襲と原爆は本当に必要だったの
か」ともクロスする問題ですが
「道徳的高み」から来る実証的
で倫理的に見て適正な反省こそ
は子孫に継承さるべき世界史的
普遍性を保ち、「どんな国、ど
な民族でも必ず犯しうる可能性
の高い戦争犯罪」への抑止的教
となしうるのではないでしょ
うか。

では改めて「道徳的高み」とは
一体何なのか。

強制されたのではない、諸外国
一般国民や庶民も含めた広範な
階層からの自然な敬意や憧れを
集める日本独自の世界観・思想
・哲学・美学といった場合、当
然のことではありますが、軍国
主義や独裁国家の価値観ではな
く、自由で、民主的で、法治国
家として基本的人権が守られた
ところの、平和国家日本として
持つ独自の発想というものが必
要とされてくる。それがあって
はじめて先進国と言えるし、世
界のリーダーたる資格を持つ。

多様で魅力的な文化も生き生き
と育ち、磁石のような吸引力的
磁場・民族国籍を問わぬいろん
人たちを自然に巻き込むグロー
バルスタンダードとしての巨大
な電気磁石のような磁界を持つ
ようになる。この世界標準とし
ての日本と言えるためには一体
何が必要なのか、現時点で何が
足りないかを考える時期に来て
いるのではないでしょうか。

そのためには、世界史的に見て
も稀有な存在であるところの唯
一の被爆体験国として、恨みに
対するに恨み、憎悪に対するに
憎悪、自己を絶対とし他を排斥
する者たちどうしの敵対的復讐
を本旨とする価値観に組みする
のではなく、東郷和彦氏も援用
されている鈴木大拙の和と寛容
の精神、本居宣長や日本の伝統
的神道にも通底する多神教的で
包摂的な価値観をもとに「他民
族の痛みを理解する心」が重要
かと思われる。その上で平和国
家の理念を持ちつつ世界に働き
かけ、同時に地政学的災厄や不
慮の侵略に備える努力をも油断
なく常備しながら両面での情報
戦に勝たねばならないという訳
なのです。

グローバルスタンダードとは一
体何を意味するのでしょうか。
これについて、極めて腹立たし
くも鼻につくと同時に示唆深い
確かに半面の真理を的確に突い
ていると考えられるのが元カー
ター政権の大統領補佐官で政治
学者でもあるブレジンスキーの
地政学に関する著書であります

ここには、超大国としてのアメ
リカとその中小属国について露
骨な帝国主義的本音が展開され
ている。一言で言いますと近年
刊行されましたフィデル・カス
トロの回想録で語られている内
容の皮肉な逆証明という印象な
のです。ブレジンスキー流に解
釈するならば、日本も対等な同
盟国というよりは、舎弟頭みた
いなアメ帝の属国ということに
なってしまう。しかし同時に世
界を威嚇的武力や覇権主義の恫
喝のみで支配してきた訳ではな
く、映像や音楽、ファッション
などの文化においても世界中を
強力に席巻し惹きつけてきた

も確かに事実なのでありまして
その「魅力」という側面も彼ら
の世界権力の明らかなる源泉で
ありました。


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