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体験・認識・伝達

体験・認識・伝達

哲学的に考えてみた場合、私が
私であると世界や他者に向かっ
て証明するのは難しい。同様に
私が認識している内容を他者に
伝達するということは至難であ
ります。私が世界を認識するこ
とはそもそも可能なのか。

フッサールが半世紀以上前に提
出した哲学的難問ですね。

私が認識している赤という色は
他者が見ている赤と本当に同じ
色だろうか。


生まれつき、これは絶対にそう
に違いない、そのような色だ、
音だ、と根源的に認識している
対象物につき、その内実が、A
さんとBさんとCさんそれに私
とで微細な狂いや誤差なく同じ
ものである、同じように見えて
いる聴こえている・・・という
保証や存在証明が実はよく見た
ところ、どこにも存在していな
いのであります。認識の前提そ
のものが確かでないところへも
ってきて、理解には、対象物に
関する価値観的評価、好み、個
人的体験に基づく主観、選別と
いった色づけがなされている。

価値観と体験を共有するか、完
璧な理解の共有は無理でもせめ
て近似値としての疑似理解にま
では到達すべく、伝達や学習に
工夫をこらすということが必要
とされてきます。

が、明白な限界はある。

論理的構築物を超越した神秘体
験や霊魂の超感覚的世界におけ
る「見神」という事柄を私が重
視し、結局は運命的必然と感じ
るのには実は深い訳があるので
あります。


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