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父の文化的遺伝子1


昭和一桁産まれの父親という独
特の存在。典型的な日本のオヤ
ジ、言うことを聞かない頑固一
徹な父親像、そこには、親愛な
る感情と、或る種けむたいうっ
とおしさが、表裏一体となって
まといつく不思議な対象であり
ます

この世代の父親に特有の頑固さ
威厳、優しさ、豪快な雰囲気、
男らしい魅力と共に、どうしょ
うもない致命的弱点、欠点など
が、矛盾・錯綜しながら一個の
人格に統合的に共存していたり
する。

彼らが語る経験談には或る共通
した要素があります。戦前の天
皇を中心とする皇国史観・軍国
主義教育を経て、戦中、終戦時
の食料難をはじめとする飢餓体
験、それから戦後GHQ統治下
にける疑似アメリカ文化の受容
世界史に類例を見ない高度経済
成長へと至る光と影の交錯。

つまり彼らの世代は、戦争に伴
う底知れぬ絶望と悲惨、目も眩
まんばかりの経済的繁栄とを同
時に体験した稀有な世代でもあ
ります。

私の父もそのような世代の典型
的人物でありました。

私の父は大阪で生まれ、中国東
北部=旧満州、北九州、山口県
下関界隈で育ちました。

大学では農業を学び、どちらか
と言えば理科系で役人気質が染
み込む陸上自衛隊の幹部でした。

祖父も元軍人でありまして、創
成期の鹿島建設をへて建築技師
兼陸軍少佐として旧満州の奉天
で活動、その後山口県下関近郊
で終戦を迎えました。さらに曾
祖父は日露戦争に参加し、あの
有名な二百三高地の戦いに参加
したと聞きます。

曾祖父の実家、つまり私の家の
総本家は北九州にありました。

北九州は、頭山満、内田良平、
杉山茂丸を輩出した土地柄で
私の祖父の家も政治的には少し
右寄りの保守的空気
の漂う独特
の家風だったと思われます。
(続く)
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