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父の文化的遺伝子5



本日の曲
(文字をクリックすると曲が聴
けます)

カナダの夕陽
ユーゴー・ウィンターハルター
楽団


父が昔大好きだった曲です。
ユーゴー・ウィンターハルター
楽団演奏によるこのレコードを
周期的に、針が擦り切れるほど
聴いていました。なかなか良い
曲です。

さて本日のテーマ

生前の祖父が繰り返し語った言
葉があります。

「日本人は中国人にかなりひど
いことをやった。日本は中国と
二度と戦争したらいかん」

ハルピンや奉天という祖父の活
動した場所が想像力をかきたて
ます。ここには陸軍の特務機関
があり、防疫給水部つまりかの
悪名高き七三一部隊があった場
所であります。戦後「赤い将軍」
と呼ばれ、毛澤東と会見したこ
とで有名な遠藤三郎中将が現場
で見聞したのと同じ光景ーーー
ー深い闇とめくるめく光ーーを
祖父たちも体験したのではなか
ったか。


下関近郊にある祖父の家、つま
り私の父の実家には、山下奉文
や本間雅春の書幅、その昔、張
作霖の邸宅にあったとかいう花
瓶、馬賊の陶磁器製の水筒など
祖父が生前大切にしていた歴史
を物語る品々がいまも現存して
おります。

とは言え政治的見地から見た場
合、心情的にしろ、やや右寄り
だった祖父は石原完爾、児玉誉
士夫、三島由紀夫の生き様を賛
美、三島が割腹自殺した際は
「あいつは実にあっぱれな奴じ
ゃ」と周囲に感想を洩らしてい
たという。

右翼が大嫌いだった父と祖父と
では、政治思想的感性につき大
幅な温度差・ズレがあります。

父は三島由紀夫のことを「三島
は気がふれたんじゃないか。」
と言い、割腹自殺の直前バルコ
ニーで最後の演説をした三島由
紀夫に「バカヤロー」を叫んだ
自衛隊員たちをむしろ支持して
おりました。「あんな奴に自衛
隊を牛耳られなくてホントよか
った」ちなみに文学者としての
三島由紀夫の作品・才能を高く
評価する私の意見と父の考えは
まるで違います。林房雄なども
私の大好きな作家で昔よく読ん
でいたものですが父はまるで関
心を示さなかった。

思春期のころ私がマルクス主義
の文献を積み上げて読んでいて
も何も言わなかった父ですが、
私が右翼の本を読んでいたとこ
ろ「右翼など下らん。ろくな奴
がいない」とボロカスでした。

私の家族に対し、特に懇意にし
てくれた親戚がいて、ただし家
長が昔軍隊生活でひどい体験を
なめたという方で自衛隊に対し
根深い偏見を持っていました。

父がその方の自宅に遊びに行く
たび父に向かい「おい。税金ド
ロボーが来たぞ」と言う癖があ
った。しかし、父は特に気を悪
くするでもなく、「軍人が威張
り出すとろくなことがない。い
ろいろ言われ肩身の狭い思いを
して社会の片隅で縮こまってい
るうちが花よ」
と申しておりま
した。その方と父とは特に仲が
良かったのであります。

一方で父は昭和天皇を尊敬して
いました。理系の思考習慣、右
翼嫌い・立憲君主型の手堅い保
守思想
という側面でもシンパシ
ーを感じていたのかも知れない

参考文献)遠藤三郎中将について
コンパクトにまとめたHPです。
ここをクリック。遠藤中将自身
の回想録に触れてみることをお
薦めします。
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